2月1日当日、朝8時に起きる予定だったけど、あんまり眠れなくてそのままぼーっと起きてた。

朝から雨。
寒かった。

私のほかにあと2人手術する人がいたみたいだ。
30代くらいの人が2人。

淡々と麻酔の説明とか受けて、無事に同意書も渡せた。
台に乗って、点滴して、看護士さんに言われるまま深呼吸を2・3回してたら次に気がついたときはベッドの上だった。
運ばれるときとか、動かされたときにうっすらと看護士さんたちの声は聞こえたけど、ほとんど記憶はない。

意識がはっきりとしたときには、おなかの痛さと気分が悪かったことを憶えている。
あと、私の隣のベッドには待合室で見た人が横になってた。
うめいて、泣いてた。
たぶんまだ目は覚めてなかったと思う。

私はどうだったのかわからない。
手術が終わってもまだあんまり感覚がなくて、病院出て家に帰り着くまで泣くことさえ出来なかった。

帰るときに手術のこと教えた人にメールとか電話とかした。
自分で大丈夫だって思ったけど、帰ったらやっぱり大丈夫じゃなかった。
狂ったように泣いた。
バカみたいに名前を呼んだ。
取り返しのつかないことだって解っててやったことなのに。

惨めでとても醜かった。

午前中のことだったから、その日の夜には実家に帰ろうと思ったけど、相談したら止められた。
とりあえず、丸1日は安静にしなくちゃ危ないからって。

次の日朝早くに交通センターに向かった。
やっと帰れるって思った。

一人で不安定な日を過ごすより、お金がなくなっても家で過ごしたかった。

思ったより揺れがきつくて結構苦しかった。
でも無事に帰れてよかった。

家族は誰も知らないから、大丈夫だろうかと不安だったけど、いつものようにアシになることもほとんどなくて、ほとんど毎日ダラダラしてた。

ただずっとおなかが痛かったから、嘔吐下痢症だとか言って誤魔化した。

明日が病院だから今日帰ってきたわけだけど、本当は2月はもう働きたくなかった。
人の前に出るのも嫌だ。

適当に毎日過ごして3月になったら帰ってしまおうか。。。

実家ではゆっくり出来たけど、先祖の墓の前で泣き、いとこの子供を見ては泣き、自分の小さいころのアルバムを見ては泣き、で散々だった。

さて、明日からどうやって生きよう…。

寂しい。

コメント

?太
?太
2006年2月5日23:01

おかえりなさい。そしてお疲れ様でした。
こんな時、サイコロサイズの脳みその俺にはなんて声かけたらいいかわからんけど・・・よく頑張った!と。

無理せず安静に。
心身共に早い回復を祈ります。

アリス
アリス
2006年2月6日20:22

ありがとぅございます。。。
これからも頑張ります!

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